
2025年7月、日本の半導体ベンチャーRapidusが、2ナノメートル(nm)世代のトランジスタ駆動に成功したと発表した。
この一報は、日本の半導体産業が長年取り残されてきた“先端ノード”の領域に再び足を踏み入れる可能性を示すものとして、業界内外から大きな注目を集めている。
では、この「2nm」「GAA」「EUV」といったキーワードが何を意味し、今回の成功がどのような技術的・戦略的意義を持つのかを解説したい。
私はは16年間世界最先端の半導体の研究開発をしてきており、デバイス設計からプロセス開発や試作から評価まで幅広く担当してきました。その経験をもとに解説しています。
2nmとは何か──“微細化”の最先端

「2nm(ナノメートル)」とは、トランジスタの一部の構造寸法を指す業界の慣例表記であり、世代(ノード)を示す象徴的な尺度である。nm数値が小さくなるほど、トランジスタは小型化され、高集積・高性能・省電力なチップが実現可能になる。
過去はプロセスノードと寸法が一致していたが、10年ほど前からノードと寸法は全く異なるものとなっていることに注意したい。(実際に2nmの寸法の箇所はない)
現時点で2nmノードの量産体制に最も近いとされているのは、台湾TSMCだ。TSMCは2025年内の量産開始を目指しており、Rapidusの今回の動作確認は、それらに続く形での“開発初期段階”の突破口と位置付けられる。(参考:TSMCが2025年に2nmの量産を計画)
GAA構造とは──FinFETの限界を超える新アーキテクチャ

Rapidusが駆動に成功したのは、GAA(Gate-All-Around)型トランジスタと呼ばれる構造である。これは従来主流だったFinFET(フィンフェット)型に代わる新世代のスイッチング素子だ。
初期のPlaner型で微細化を進めていったとき、シリコン基板上のチャンネルをGateで制御できなくなりリーク電流などが問題となっていた。その問題を解決するため、SiをFin上に削り出してGateで覆う面積を広くすることで制御性を高めたFinFETが主流となっていた。
このFinFETでも微細化でGateの制御性が限界を迎えたため、チャンネルをGateですべて覆うGate All Around構造がて案され研究が進められてきた。
GAAでは、電流が流れる「チャネル」部分を360度すべてゲート電極で包み込む構造となっており、電流制御性が飛躍的に向上する。リーク電流を抑えつつ高速動作を実現できる一方で、製造難易度は極めて高く、歩留まり管理が難しいという課題を併せ持つ。
米IBMが2021年にGAA構造の2nmトランジスタ試作を初めて発表し、Samsungが2022年に量産導入を宣言。Rapidusの成功は、日本企業として初めてこの領域に技術的成果を示したことになる。
一方で製造難易度が高いという問題はSamsungも解決できていなく、GAAの歩留まりが上がらず苦戦しているという報告もある。(参考:SamsungがGAAで苦戦)
EUV露光装置──日本初導入の生産基盤

GAAトランジスタの製造には、極端紫外線(EUV: Extreme Ultraviolet)露光装置が不可欠である。
EUVは従来のArF液浸露光(193nm)よりも桁違いに短い波長(13.5nm)の光を使用することで、より微細で精密なパターンをウエハ上に形成できる。ただし、装置1台あたりの価格は約500億円とされ、膨大な初期投資とクリーンルームの精密環境構築が求められる。
RapidusはこのEUV露光装置を日本国内で初めて工場に導入し、稼働に成功したとされており、今回の2nm動作確認の大前提となっている。

今回の成果はどこまで進んだのか──「登山口に立った」に等しい段階

ただし、注意すべきは「駆動に成功」といっても、それが量産レベルの回路チップではないという点だ。
今回動作が確認されたのは、おそらく数個〜十数個程度の単体トランジスタの特性であると推察される。これは、回路全体の開発における最初の「検証段階」に相当する。(具体的に発表されていないため、筆者の推測。「2nmトランジスタの動作を確認した」ということから、単体のTEGなどでの動作確認だと推測される)
今回ラピダスが成し遂げた以後としては、
1.北海道にゼロから先端半導体工場を建築した。
2.2nmのGAAトランジスタを日本で初めて動作させた
ということになる。この短期間でここまでの実績を作り上げたのは驚愕に値する。
一方で、これから量産を迎えるということは数々の困難が存在する。
今後の2nm半導体を量産し、顧客に使ってもらうためには、以下のようなプロセスが必要になる:
トランジスタ電気特性の測定とモデル化
配線やコンデンサ、絶縁膜など他素子との統合評価
設計に必要なIPの開発
チェーン構造による不良率解析
SRAMや簡易マイコンなどのテストチップ開発
フルチップ設計環境(EDA/IP)の構築
つまり今回の成果は、**2nmノード開発における“最初の一歩”**としては大きな意味を持つものの、量産・事業化への道のりはなお遠いというのが現実だ。
トランジスタ1個から始まる“都市国家”建設──Rapidusの挑戦はまだ緒に就いたばかり

今回Rapidusが発表した成果は、GAA構造によるトランジスタ1個の製作と動作確認である。日本の製造現場で先端ノードの基本素子が正常動作したという事実は、確かに歴史的な第一歩だ。
しかし、これが量産半導体チップに必要な規模と信頼性から見れば、まだ開発工程の入り口に過ぎないことは押さえておく必要がある。
たとえば、AppleのM1チップは160億個のトランジスタで構成されており、その1つひとつが壊れることなく、完全に機能することが前提となっている。Rapidusが目指す2nm世代の製品化には、この160億個すべてを安定して同時に製造し、誤作動なく稼働させることが不可欠だ。
このスケール感を理解するために、やや大胆ではあるが、わかりやすい比喩を用いるならば、**トランジスタ1個は「家」**のようなものと言える。Rapidusが現在達成したのは、その「家」を1軒建てて、電気が通ることを確認したという段階だ。
しかし最終目標は、70億人が暮らせる“都市”を、地球上に丸ごと構築するようなレベルのものである。単に家を建てるだけでなく、その周囲に道路を通し、上下水道を整備し、電気を安定供給し、あらゆる社会インフラを整え、全体が矛盾なく機能する必要がある。それが半導体チップにおける集積化・配線・絶縁・メモリ・電源設計といった膨大な構成要素に相当する。
つまり、Rapidusは今後この“家”を数十億個単位で整然と並べ、都市として統合し、製品として成立させるプロセスを構築していかなければならない。道のりは長く、技術開発・設備投資・人材育成・顧客確保といった複数の課題を同時に克服していく必要がある。
本件は、あくまでその「ゼロからの第一歩」が実現したという報であり、真の競争力を持った製品化には、今後数年単位にわたる地道かつ高度な開発の継続が求められるだろう。
ファウンドリー事業は“茨の道”──収益化には技術力以上の戦略が求められる

Rapidusが目指すのは、最先端プロセス技術を有し、他社から設計データを受託して製造を担う**「ファウンドリー(受託製造)」型ビジネスモデルである。だが、この事業領域は技術競争以上に極端な収益格差と淘汰の歴史**を抱える、まさに“茨の道”と言える分野だ。
世界トップの台湾TSMCは、先端ノードにおける圧倒的な歩留まりと生産効率、設計支援体制を武器に、半導体業界全体の約6割のファウンドリーシェアを握り、営業利益率は50〜60%に達するとされる。一方、同じく世界有数の半導体企業であるSamsungやIntelですら、この分野では苦戦を強いられているのが実情だ。
Samsungは3nm GAA世代の量産化に踏み切ったものの、歩留まりの低さやプロセス安定性の課題により赤字を計上。一時は顧客離れも囁かれた。Intelに至っては、長年内製路線を貫いてきたが、ファウンドリー事業への転換後も巨額投資と先端工程の遅れから、1兆円規模の赤字を抱えると報じられている。
このように、“世界最大級の資本力と技術力”を持つ企業でさえ黒字化に苦労しているのが先端ファウンドリー市場の実態である。Rapidusがこの領域に新規参入し、しかも後発かつ未実績の状態から競争に食い込むことは、容易な挑戦ではない。
製造技術の確立に加え、設計支援環境(EDA/IP)の整備、顧客開拓力、品質保証体制、そして巨額の継続的な再投資──いずれかが欠けても、継続的な黒字化は困難となる。
つまりRapidusが真に成功するためには、単なる技術革新にとどまらず、経営・資本・人材・エコシステム構築まで含めた“産業戦略”としての総合力が求められることになる。
成功の鍵は「持続性」──量産・利益・再投資の循環へ
仮にRapidusが技術的に量産水準へと到達したとしても、その先にはさらに受託製造(ファウンドリー)としての商業的成功が求められる。
成功の定義は以下の3点に集約される:
100億トランジスタ規模の高集積チップを安定製造できる
顧客(ファブレス)から設計データを受け、受託製造を開始する
利益を上げ、次世代プロセスへ再投資する開発サイクルを構築する
現時点では、1の“入り口”にようやく立った状態であり、黒字化・継続性の確保は今後最大の壁となるだろう。
特に2の顧客を獲得し設計してもらうことは、1の2nmの半導体を製造することよりもかなりハードルが高い。さらに3の安定した利益を継続して半導体プロセスの開発を安定して進めることはさらに難しい(Intelやサムソンでも苦戦していることからも明らかである)
総括──技術的快挙と、始まったばかりの長い挑戦
Rapidusの今回の成果は、日本国内で最先端ノードの半導体製造が現実味を帯びた初の事例として、高く評価されるべきである。
その一方で、世界最先端を走るTSMC・Samsungとの距離は依然として大きく、成功を収めるには地道かつ持続的な技術開発と事業運営が不可欠である。
挑戦の第一歩をどう未来へとつなげていくのか。Rapidusと日本半導体産業の今後を見守りたい。
YouTubeでも解説していますので、より詳しく見たい方はこちらもどうぞ。


