もふもふ不動産のもふです。僕は元キオクシア(旧東芝メモリ)の半導体研究開発者です。学習院大学物理学科でボース・アインシュタイン凝縮(BEC)を研究し、学部4年生で物理学会で発表したのが研究のスタート。その後ソニー・キオクシアで16年、先端半導体の研究開発に携わり、世界初の48層3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH™」の量産立ち上げに参画しました。発明者として特許出願も行っています。詳しくは研究開発者としての経歴ページをご覧ください。
さて、本題です。「波動散乱の逆問題」とは、跳ね返ってきた波だけを手がかりに、「その向こう側に何があるのか」を逆算する問題のことです。長年、応用数学の未解決問題とされてきました。これを神戸大学の木村建次郎教授が2012年に世界で初めて解析的に解き、いまその理論をもとに、乳がん検査(マイクロ波マンモグラフィ)やトンネル・道路の非破壊検査、電池の検査といった実用化が進んでいます。ひとことで言えば、「透視」を数学で実現したという話です。
そして2026年9月12日、僕は不動産投資サイト「楽待」のYouTubeチャンネルで、その木村建次郎教授ご本人と対談させていただきました。ホワイトボードの前で、理論の中身を直接解説していただくという、正直とんでもなく贅沢な時間でした。この記事では、元半導体研究開発者の目線で、その原理を中学生にもわかるレベルまで噛み砕いて解説します。あわせて、対談で木村先生ご本人が語った言葉も各章に織り込んでいきます。
よくある質問
波動散乱の逆問題とは何ですか?
物体に波(マイクロ波など)を当て、跳ね返ってきた散乱波のデータだけから「中に何があるのか」を逆算する問題です。物体の形が分かっていて波の跳ね返り方を計算するのが順問題で、その逆にあたります。答えの候補が無限にあり、波が何度も跳ね返る多重散乱も絡むため、長年、応用数学の未解決問題とされてきました。神戸大学の木村建次郎教授が2012年に解析解を導き、内部を壊さずに「透視」する技術の基礎になっています。
木村建次郎教授はどうやって波動散乱の逆問題を解いたのですか?
着想は、机の上の磁石に布をかぶせて方位磁針で探すという子どもとの遊びでした。見えていない世界には発生源が存在しないので、方程式の右辺を0と置いてよい(本人の言う「虫食いの理論」)。表面で測ったデータを境界条件に内側を解き進め、計算が破綻(発散)する場所こそが隠れた物体の輪郭になります。これを波に拡張したのが、木村憲明氏との共同研究で確立した多重経路散乱場理論で、解が線形のためフーリエ変換で高速に計算できます。理論はシステム制御情報学会誌の解説論文と、日米中欧など9か国で取得した特許として公表されています。
マイクロ波マンモグラフィは病院で受けられますか?
2026年9月時点では治験段階で、薬事承認も保険適用もされておらず、一般に受けられる検査ではありません。治験機器名はIGS-0001で、兵庫県立がんセンターで実施され、jRCTに登録されています。2019年に厚生労働省の先駆け審査指定制度の対象品目に指定されました。開発元のIntegral Geometry Scienceは、検査時間15分程度・放射線被ばくなし・乳房を圧迫しないという特徴を公表しています。
Integral Geometry Science(IGS)の株は買えますか?
株式会社Integral Geometry Scienceは未上場で証券コードがなく、個人投資家が直接株式を買うことはできません。IPO予定の公表も確認できません。TOPPANホールディングス、CYBERDYNE、旭化成、SBIインベストメントなどが出資や資本提携を公表していますが、出資比率はいずれも非公表で、各社の業績に占める影響は限定的と考えられます。特定銘柄の推奨ではありません。
波動散乱の逆問題とは?順問題と逆問題の違い
まず、「逆問題」という言葉から。逆問題とは、観測された結果のほうから、その原因や中身を逆算する問題のことです。これに対して、原因がわかっているときに結果を計算するのが順問題です。

波でイメージしてみましょう。お風呂にアヒルのおもちゃを浮かべて、端からパシャンと波を立てる。アヒルの形と位置がわかっていれば、その波がどう跳ね返って、どんな散乱波になるかは計算できます。波動方程式を解けばいいだけなので、これはめちゃめちゃ簡単に計算できるんですよね。これが順問題です。
では逆に、風呂桶でふたをして、中が一切見えない状態にする。そこに波を打ち込んで、跳ね返ってきた波の形だけを観測する。このデータだけから「中にアヒルがいた」と当てられるか?——これが波動散乱の逆問題です。
楽待の対談の冒頭で、僕が「波動散乱の逆問題って、パッとイメージが湧きにくいんですけど、どういう技術なんでしょうか?」と伺ったところ、木村先生はこう答えてくださいました。「スマホで写真を撮ったら目の前のものが映りますよね。その映った写真をもとに計算すると、見えていない向こう側の写真がどんどん作り出されていく。そういう魔法のカメラみたいなものを作る数学、という感じですね」。思わず「ドラえもんの道具でありそう」と返してしまいましたが、この一言が技術の本質を完璧に言い表していると思います。
なぜ何十年も解けなかったのか
ここまでの説明を読んで、「そんなの、跳ね返り方を全パターン計算して照合すればいいのでは?」と思った方もいるかもしれません。ところが、これが恐ろしく難しいんです。
最大の理由は、答えの候補が無限にあることです。ある散乱波のデータを生む物体の形は、アヒルかもしれないし、棒が1本かもしれないし、まったく別の何かかもしれない。厳密に計算しようとすると解が発散して、有限の時間では計算しきれない。普通に考えたら、絶対に解けない問題なんですよね。
もうひとつが多重散乱です。波は狙ったところに真っすぐ飛んでくれません。物体に当たったらあちこちに散らばり、散らばった波がまた別のところに当たってさらに散らばる。1回散乱、2回散乱、3回散乱……とどんどん絡み合っていきます。さらに、深さの情報を得るには「いつ波が返ってきたか」という時間の情報も要る。これらが全部混ざったデータをきれいに整理しないと解決にたどり着けない——というのが、長年の状況でした。
正直に告白すると、僕自身「こんなことできるわけないだろう」と思っていました。物理学科出身の人間としての直感として、これは無理筋だと。だから「解けた」と聞いたときの率直な感想は、「本当かいな」でした。
面白いのは、それを解いたご本人も同じことを言っていたことです。楽待の対談で木村先生は、「最初、無理やと思ったんです。僕は無理なことはやらない主義なんで。ダメなことが1個でもわかると、もうやらない」と語ったうえで、こう続けました。「でも、いけると思ったから今やってるんですけど」。みんなが「できない」と思っていることに取り組んでいる人の多くは、精神論で頑張っているのではなく、本当に「できる」と確信しているからやっている。ここが凄いところだなと思いました。
木村建次郎教授はどう解いたのか——布の下の磁石から生まれた着想
ここがこの記事の山場です。楽待の対談では、木村先生が38分のうち10分以上を使って、ホワイトボードにその場で式を書きながら透視の原理を解説してくださいました。動画の10:09〜「透視の原理をホワイトボードで解説!」の章がそれです。文字だけではどうしても伝わらない部分があるので、ぜひ動画のほうもあわせてご覧ください。
▶ 楽待の対談動画を見る(38分)

きっかけは、お子さんとの遊びだった
着想のきっかけは、驚くほど身近なところにありました。動画の07:30〜「布の下の磁石が生んだ着想」で語られている話です。
木村先生がお子さんとやった簡単な実験です。机の上に磁石を置いて、その上から布をかぶせる。磁石はもう見えません。そこに方位磁針を持ってくると、磁石の真上に来たところで針がくるくる回る。先生はこのとき「あ、もうこれで、これだと思いました。これでいけるって」と直感したそうです。
言われてみれば当たり前の現象ですが、よく考えると不思議です。磁石は見えていない。つまり「逆問題としては解けない」はずなのに、方位磁針をかざしてなぞるだけで「ここにある」とわかってしまう。この当たり前が、なぜ成立するのか。それをずっと不思議に思っていた、と。
この話が対談で出てきたとき、僕は予習していなかったので内心かなり焦りました(笑)。とっさに「ファインマンさんが、食堂でグラグラ揺れながら回る皿を見て量子電磁力学のアイデアを思いついた、というストーリーにすごく似てますね」と返したのですが、偉大な発見の入り口は本当にこういう日常の中にあるんだなと。ちなみに先生いわく、アイデアが浮かぶのは「トイレが一番よく思いつきます」「トイレか寝てる時間」だそうです。
「虫食いの理論」——見えていない世界では、方程式の右辺を0にできる

では、この直感をどうやって数学にしたのか。ここが本当に鮮やかです。木村先生ご本人の言葉では「虫食いの理論」と呼ばれています。
磁石がある空間を普通に数式で扱うと、ポアソン方程式という形になります。この方程式は、右辺(発生源=磁石がどこにどれだけあるか)を仮定しないと解けません。答えを知らないと解けない、という堂々巡りです。
ところが、ここで木村先生は発想を反転させます。「でも、この子どもには磁石が見えてないんです」。見えていない世界には、発生源は存在しない。ということは、その世界では方程式の右辺を0と置いてしまっていい。そうすると方程式はただのラプラス方程式になり、前提条件なしで簡単に解けてしまう——というわけです。
あとは、表面(端っこ)で測ったデータを境界条件にして解いていけば、計算上、内側のデータをどんどん作っていける。ただし布を超えた瞬間、つまり本当に物体がある場所に来ると、この計算は破綻します。だから「物がある世界にいちばん接する極限まで」解く。そして、その破綻する(発散する)場所こそが、隠れていた物体の輪郭そのものなんです。
「解けない問題を、解ける問題に置き換えてしまう」。この転換が理論の核心です。僕は思わず「複素関数論の留数定理みたいなイメージですね」と返しました。
磁石から波へ——グリーン関数を置き換える
ここまでは静止した磁場の話です。これを波の世界に持っていきます。
静的な場は、1点の発生源が作るポテンシャル1/rを足し合わせることで書けます(ラプラス方程式のグリーン関数)。では波はどうか。これを eiqr/r に置き換えればいい(ヘルムホルツ方程式のグリーン関数)。数式が苦手な方向けに補足すると、eiqrの部分はサインやコサイン、つまり波そのものを表し、1/rの部分は「球状に広がるので距離に反比例して弱くなる」という意味です。散乱の問題を、磁石のときと同じ形の問題にしてしまう、という発想です。
さらに「波を打って、帰ってくる」を表現するため、打つ側の座標r1と受ける側の座標r2を掛け合わせます。そして木村先生が凄いのはここからで、「普通は方程式が先にあってグリーン関数が決まる。逆に、先にこのグリーン関数が決まったとき、方程式はどうなるのかを導こうと頑張った」。順序を逆にして探しにいったら、方程式が見つかった、というわけです。
最後にr1とr2を同じ点に近づける極限(同じ場所で打って同じ場所で受ける)と、t=0の極限(打った瞬間に帰ってくる)を取ります。三角形を無限に小さく潰していくと、残る変数はrだけ。それが密度関数そのもので、散乱体があるところで発散する。その発散する値を画像にすれば、それが透視画像になります。
この理論は「多重経路散乱場理論」と名付けられ、木村建次郎・木村憲明の両氏によって2012年に確立されました。僕が読んだのは、システム制御情報学会誌『システム/制御/情報』Vol.64 No.3(2020年)に掲載された解説論文です。式が(1)から(27)まであって、最終的な再構成式が式(27)。正直に言うと、1から2に行くあたりでもう、めちゃめちゃ難しかったです。なお成果の主たる公表形態は特許で、「散乱の逆問題の解法及び画像化法」として優先日2013年2月12日、日米中欧など9か国で取得されています。
対談のあとで僕が一番印象に残ったのは、20:47の章に入る直前で交わしたこのやりとりです。僕が「論文や他のYouTubeで拝見した説明とは、まったく違う方向からの説明でした。初めてこっち側から来たので」と言うと、先生は「大学の授業ではこっちからやってます。いきなりグリーン関数の話から入ると細部に入ってしまうので、全体のイメージはこっちのほうがわかりやすい」と。つまり磁石と布から入るあの説明は、論文にも一般向け解説にも載っていない、教壇での語り口なんです。あの38分は、そういう意味でもかなり貴重な記録だと思っています。
X線・CTとの違い——透過した波ではなく跳ね返った波を見る
「透視」と聞いて多くの方が思い浮かべるのはレントゲン(X線)でしょう。ここが決定的に違うので、図で整理します。

X線は「透過した波」を見ています。X線源から強いエネルギーの電磁波を出して人体を貫通させ、反対側に置いた検出器で受ける。骨のように密度の高い部分がX線を吸収するので、そこが白く写る。要するに「影絵」を見ているわけです。だから必ず反対側に検出器が必要で、しかも人体には被ばくというダメージがあります。
波動散乱の逆問題は「跳ね返ってきた波」を見ます。だから送信も受信も同じ側に置ける。この違いが、応用範囲を決定的に広げます。トンネルの壁の裏側や地面の下に検出器を置くことはできませんが、跳ね返りを見る方式なら、表面に当てるだけで内部がわかる。使う波も、X線ではなくマイクロ波(電子レンジと同じ電磁波)で、波長はミリメートル〜センチメートル級とX線よりはるかに長いものです。
この「跳ね返ってきた複雑な波」を成分に分解するときに活躍するのがフーリエ変換です。ここも図でイメージをつかんでください。

ケーキを見ても、何からできているかはわかりません。でも成分分析をすれば「小麦粉30%・砂糖15%・生クリーム25%・いちご10%・その他20%」と分解できる。これを波でやるのがフーリエ変換です。複雑な波形を「この周波数が40%、次が30%……」と分解し、全部足し戻せば元の波形に戻る。木村先生の導いた式は線形(2乗などになっていない)なのでフーリエ変換が使え、FFT(高速フーリエ変換)によってコンピュータが猛烈な速さで解けます。ここが実用化に直結した大きなポイントです。
では、いま病院にあるCTスキャンと比べるとどうなのか。動画の33:22〜「従来のCTスキャンと何が違うのか」で木村先生が語った説明が、非常にわかりやすかったので紹介します。
CTはX線を体全体に当てるので、骨にも他の臓器にもエネルギーが分散してしまう。それに対してマイクロ波マンモグラフィは、胸だけに全エネルギーを使う。計測器のADコンバータ(アナログ信号をデジタルに変換する部品)のビット数がすべて胸の情報に割り当てられるので、CTやMRIでは見えないような小さながんが見える——という理屈です。また先生は「X線は強いエネルギーのものを使うので、位相情報を取っていない」とも指摘されていました。波の「山と谷のタイミング」という情報を、X線は最初から捨ててしまっているわけです。
実用面で大きいのは、解析解なので瞬間的に解けることです。近似計算を延々回すのではなく、式に入れれば答えが出る。だから時速50km・100kmで走りながらでもリアルタイムに解けます。この汎用性について先生が「この汎用性の強さに酔いしれますね」と語っていたのが印象的でした。
応用①マイクロ波マンモグラフィ——X線で見えなかったがんが見える
先に重要な注意を書きます。この技術は2026年9月時点で治験段階であり、薬事承認も保険適用もされていません。「いま受けられる検査」ではありません。そのうえで、原理としてなぜ画期的なのかを解説します。
なぜマイクロ波でがんが見えるのか
カギは水分です。マイクロ波は誘電率の高いもの(=水分の多いもの)で強く反射します。乳房のうち、脂肪や乳腺は誘電率が低いのでマイクロ波が透過する。一方、がんは増殖する過程で自分に栄養を送る血管をたくさん作るため、水分が多い。木村先生はこれを「水に溢れた村」のようになると表現されていました。だから、周りは素通りしてがんだけが強く跳ね返る。コントラストが極めてはっきりつくわけです。
デンスブレスト問題と、「AIを使っても無駄」という一撃
従来のマンモグラフィは、乳房専用のレントゲン検査です。乳房を圧迫板で挟んで上下・左右・斜めから撮影します。痛みがあり、被ばくもある。そして最大の課題がデンスブレスト(高濃度乳房)です。
乳房の硬さの原因は、線維芽細胞が作るコラーゲン線維です。コラーゲンはタンパク質の高次構造で非常に硬く、X線を遮断してしまう。X線は「重いものと軽いものの差」を見ているので、コラーゲンの揺らぎのほうががんより大きく、がんがそもそも画像に写らない。高濃度乳房はアジア人女性に多いとされ、IGSの公表資料では50歳未満のアジア人女性の79%という数字が示されています。

この話の流れで、僕が「がんがあるのに見落としてしまう、ということがあったんでしょうか?」と伺ったときの答えが、対談で一番痺れた発言でした。
「見落としというと『あるのに見抜けなかった』とか『じゃあAIを使ったら見えるのか』みたいな話になるんですが、そもそも映らないからAIを使っても無駄なんです。良性か悪性かを識別するために統計的に分析するのがAIであって、そもそも画像にその情報が含まれていなかったら、AI君も何をやっても無駄。そういう問題が超音波でもX線でもある、というのが根本的な問題なんです」
何でもAIで解決できそうな空気の中で、「入力データに情報が入っていなければ、AIには原理的にどうにもできない」と冷静に切る。問題を解くべき場所は、アルゴリズムではなく計測のほうだった——研究開発者として、これはめちゃめちゃ納得感がありました。
2つの壁と、「作りました。10年かけて」
実は「マイクロ波を使えばがんが見えるはずだ」ということ自体は、世界中の物理学者が以前から指摘していたそうです。ではなぜ実現しなかったのか。木村先生は壁は2つあったと説明されました。
- 数学の壁——散乱したマイクロ波を、どうやって画像に再構成するのか。これがまさに波動散乱の逆問題です。
- ハードウェアの壁——ミリ単位の分解能を出すには高い周波数が要る。一方、鋭いパルスを作るには低い周波数まで含む広い帯域が要る。それを胸の上に載る小さなアンテナで両立させるのが、誰にも作れなかった。
「この2つの壁をクリアできたのは、世界で僕らしかいない」と先生は言い切りました。僕が「それを作ったってことですか?」と聞くと、返ってきたのが「作りました。10年かけて(笑)」。数式を導いた人が、その式を活かすハードウェアまで自分で作ってしまったわけです。
検査そのものは驚くほどシンプルです。高い周波数も低い周波数も出せるプローブを手に持って、胸の上を滑らせるだけ。反射データを取って計算し、画像化します。先生いわく「そんなに難しい技術もいらないんです。もう1日練習すれば誰でもできてしまいます」。僕が「CTって、すごい装置に入れられて時間をかけてやるじゃないですか。なぞるだけでこんなにできちゃうんですか?」と驚いたのが、そのままリアクションとして残っています。
IGS公式サイトで確認できる特徴は、検査時間15分程度・放射線被ばくなし・乳房に圧力をかけない(痛くない)の3点。使用する電波の強さはスマートフォンの1/1000と説明されています。ただしデンスブレストへの効果については、IGS公式も「高濃度乳房においても有効性が期待されます」という表現で、断定はしていません。臨床研究の段階で高い検出感度が示されている、というのが正確なところです。
実用化のステータス(ここは正確に)
投資家としても生活者としても、ここは事実を正確に押さえる必要があります。
- 治験機器名はIGS-0001(一般名称「乳房用マイクロ波画像診断装置」)。jRCT(臨床研究等提出・公開システム)に登録されており、実施医療機関は兵庫県立がんセンター、依頼者はIGSです。
- 2019年4月、厚生労働省の「先駆け審査指定制度」の対象品目に指定されました。
- 兵庫県立がんセンターの「実施中の治験一覧」では、2026年2月時点でも「登録中」となっています。IGS公式サイトも現在形で「治験を実施しています」と記載しています。
- 楽待の対談で木村先生は「日本は今治験をやっていて、治験がもうほとんど終わったところです」と語っていました。ただしこれはご本人の発言であり、公的記録上は治験中です。薬事承認・保険適用はいずれも確認できません。
つまり「開発中・治験中」が正確な現在地です。期待は大きいけれど、まだ病院で受けられる検査ではない。ここは混同しないでいただきたいところです。
応用②トンネル・道路の非破壊検査、電池、保安検査
実は、IGSの事業として先に立ち上がっているのは医療以外の分野です。
インフラの非破壊検査

IGSの製品のひとつが鉄筋破断・腐食非破壊検査システムです。構造物の表面で電磁場の分布を計測し、内部を透視して鉄筋の破断や腐食を診断します。対象はトンネルの壁、地面の下の空隙、電線、水道管、高層マンションの壁の内部、水力発電所の導水管の裏側の腐食、ダムのひび割れ、橋梁、道路——と非常に幅広い。
特筆すべきは走らせながら測れることです。アクティオのレンサルティングマガジンのインタビューで木村教授は、電車や検査車両にアームを付け、その先のアンテナ・センサーで壁の中の電磁波情報を読み取る方式について、「時速10kmくらいで走らせて検査できます。1kmほどのトンネルなら、検査そのものは10分程度」と語っています。従来の打音検査のように、人が場所を移動しながら一か所ずつ叩いて回る必要がない。解析解だからリアルタイムで解けるという強みが、そのまま現場の生産性になっているわけです。国土交通省のi-Construction大賞 優秀賞(2020年)も受賞しています。
リチウムイオン電池の非破壊検査

これは僕が個人的に一番「うまい」と思った応用です。リチウムイオン電池の不良を見つける従来のやり方は、充電して、温度管理された環境で長時間エージング(放置)し、電圧がどれだけ下がったかで自己放電量を判定するというもの。時間がかかるうえ、「どこがおかしいのか」は分かりません。
新方式は逆です。交流電流を流し、そのとき生じる微弱な磁場を超高感度磁気センサアレイで測り、逆問題を解いて電流密度マップを作る。すると、電流が集中している場所——つまり微小短絡(リーク経路)の位置が直接見えます。神戸大学の公式資料では、このリチウムイオン電池内部の異常電流を可視化する技術が、多くの蓄電池メーカや自動車メーカで活用されていると説明されています。事業としては凸版印刷(TOPPAN)が2020年2月から機器販売と受託検査サービスを開始しており、2026年3月には蓄電池組み込み前の一括画像検査サービスも始まっています。
実はこの「エージングを待つ」という検査、僕も現場でやったことがあります。2005年、ソニーで液晶ディスプレイのテスト設計責任者をしていたときに、恒温槽を借りて液晶パネル1000枚を駆動し、駆動の前後で点灯不良点がどれだけ増えるかを3日がかりで測りました。あれを「待たずに、場所まで分かる」形にできるなら、製造現場のインパクトは相当大きいというのが実感です。
保安検査(ウォークスルー型セキュリティ)
もうひとつがウォークスルー型セキュリティシステムです。IGS公式サイトによれば、従来の金属探知機やミリ波ボディスキャナに対して、測定時間は約0.1秒、脇の下や手荷物の中の危険物も検知でき、X線のような被ばくの心配がなく、身体のラインが透けるといったプライバシーの問題もない、とされています。
ただし、ここも実用化ステータスは正確に書きます。2024年12月、神戸市立中央体育館でのBリーグ(神戸ストークス)の試合会場で、2日間・2,000人超を検査して100%検知することに成功したと公表されています。施設運営者の公式リリースでは処理能力を「1秒間に2人通過し、すべての通過者をリアルタイムで検査」と説明しています。これは実証実験の段階であり、空港などでの導入事例は確認できていません。
ピラミッドの透視は別の技術(ミューオン)
ここは非常に誤解されやすいので、はっきり書いておきます。ピラミッドの内部から巨大空間が見つかったニュースは、波動散乱の逆問題とはまったく別の技術によるものです。

2017年11月2日、名古屋大学の森島邦博氏らを含む国際チームScanPyramidsが、クフ王のピラミッド内に長さ30m以上の巨大空間(Big Void)を発見したとNatureに発表しました。使ったのは宇宙線ミューオンです。宇宙線が大気の原子核に衝突して生じるミューオンは物質を貫通しますが、石が厚いところでは減り、空洞があるところでは多く届く。この差を検出器で測って内部構造を推定したわけです。原子核乾板・シンチレータ・ガス検出器という3種類の検出器で独立に確認されています。
これは木村教授の実績ではありません。波動散乱の逆問題とは原理も担い手もまったく別の話なので、混同しないでください。ネット上には両者を混ぜて語っている情報も見かけますが、誤りです。
そのうえで書くと、僕個人としては、いつか波動散乱の逆問題でピラミッドや王家の谷の調査ができたら最高に面白いなと期待しています(これはあくまで僕の願望で、そういうプロジェクトがあるという話ではありません)。文化財の分野で事実として挙げられるのは、木村教授がNHK 4K「太陽の塔 消えた顔を追え」(2025年放送)の調査に協力したことです。
元半導体研究開発者として考えた、半導体テストへの応用(アイデア段階)
ここからは完全に僕個人の着想であり、アイデア段階の話です。確立された手法でも、IGSや木村教授が取り組んでいる話でもありません。そのつもりで読んでください。
対談のあと、僕の頭から離れなかったのが「これ、半導体のテストに使えないか?」という考えでした。

半導体チップのテストは、テスターからプローブカードを通じて電気信号を入れ、出力が正しく返ってくるかを測るのが基本です。PASSかFAILかは分かる。でも「チップの中のどこで、何が起きているのか」は基本的に見えません。
一方で、チップが動けば必ず電流が流れ、電流が流れれば必ず磁場ができます。だとすると、正常なチップの磁場パターン(磁場シグネチャ)を精密に把握しておけば、異常なチップとの差から「このあたりの電流がおかしい」と特定できるのではないか。チップに触れずに、外から。
ただ、木村教授ご自身も元は電気電子工学出身で、トランジスタの研究から出発しています。動画の05:15〜で語られていますが、シリコン中のドーパント(不純物)が広がってショートチャネル効果でゲートのオン・オフが効かなくなる。それを調べるために破壊検査をしていたけれど「破壊した瞬間に断面の影響で歪みが出て、何を言っているのか分からない」。そこで当時の指導教員から「中を透視する方法ができたらいいな」と言われたのが、すべての出発点だったそうです。
この話を聞いたとき、僕は思わず笑ってしまいました。僕もちょうど20年前、同じショートチャネル効果を抑えようとしてめちゃめちゃ頑張って、できなくて開発中止になった思い出があるからです。同じ壁にぶつかった二人が、片や透視の数学を作り、片やYouTubeで解説している。不思議なご縁だなと思います。
木村建次郎教授とは?経歴とIntegral Geometry Science
あらためて、木村建次郎(きむら けんじろう)教授のプロフィールを事実ベースで整理します。
- 現職: 神戸大学 数理・データサイエンスセンター 教授(2018年4月〜)。神戸大学大学院理学研究科 化学専攻 教授を兼任(物理化学・物性物理化学)。対談で「今は理学部の化学の教授をやっている」と話されていたのはこちらです。京都大学生存圏研究所の特任教授・連携フェローも務め、研究テーマは「散乱透視学」
- 学歴: 京都大学工学部電気電子工学科 卒(2001年)→ 京都大学大学院工学研究科 → 博士(工学)(2006年)。1978年生まれ
- 職歴: 2006〜2008年 JST研究員(京都大学)→ 2008年 神戸大学大学院理学研究科 講師 → 2012年 准教授 → 2018年 教授
- 主な受賞: 第1回 日本医療研究開発大賞 AMED理事長賞(2017年12月・総理官邸)、i-Construction大賞 優秀賞(国土交通省・2020年)、京都SMI中辻賞(2014年)、応用物理学会 講演奨励賞(2018年・2019年)ほか
- 事業: 株式会社Integral Geometry Science(IGS) 代表取締役(2021年3月〜。2012年の設立時はCSO)
メディア露出も非常に多い方です。NewsPicks「HORIE ONE」に出演した回は140万回再生、堀江貴文チャンネルの回も78.7万回再生を超えています。テレビでもNHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「カズレーザーと学ぶ」、TBS「情報7daysニュースキャスター」、テレビ東京「WBS」などに出演し、日本経済新聞、日経ビジネス、Forbes JAPAN、岩波書店『科学』にも取り上げられています。
なお、検索すると「ノーベル賞」というサジェストが出てくるので触れておきます。調べた範囲では、木村教授のノーベル賞受賞歴はなく、「ノーベル賞候補」とする一次情報や大手メディアの報道も確認できませんでした。YouTubeの切り抜き動画のタイトルや個人ブログで見かける表現のようです。ここは事実として明確にしておきます(僕個人としては、それくらいのインパクトのある仕事だと思っていますが、それと事実は別の話です)。同様に「Nature誌に掲載」とされるものも広告記事(ADVERTISEMENT FEATURE)であり、理論の公表はシステム制御情報学会誌の解説論文と9か国で取得した特許が中心です。
株式会社Integral Geometry Scienceは2012年4月2日設立、神戸大学の産官学連携本部棟に本社を置く、いわゆる大学発ディープテック・スタートアップです。資本金1億円。NEDOの資料では企業価値348億円(シリーズC時点)とされています。2024年1月にはSBIインベストメントからの第三者割当増資 約20億円とNEDOのディープテック・スタートアップ支援事業の助成金を合わせて、総額約45億円を調達したと発表されています。
対談で一番「この人だな」と感じたのは、ホワイトボードでの解説が終わったあとの、この言葉でした。「僕は元々、電気電子で顕微鏡とか計測器の出口なんですよ。そこに生かされない理論って、何の意味もない。自分が機械を作るときに必要な理論が欲しいだけなんです。ただそれだけなんです」。数学を解くことが目的ではなく、動く装置を作ることが目的。研究と産業のハイブリッドという言葉が、そのまま体現されている方だと思いました。
Integral Geometry Scienceに投資できるのか
投資家の方が一番気になるであろう論点です。ここは事実の列挙に徹します。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。
結論から書くと、株式会社Integral Geometry Scienceは未上場です。証券コードはなく、個人投資家が直接この会社の株式を買うことはできません。IPO予定の公表も確認できませんでした。
では間接的にはどうか。過去のプレスリリースで、IGSへの出資や資本提携を公表している上場企業には、次のような社名があります(いずれも公表当時の情報で、現在も保有しているかは確認できません)。
- TOPPANホールディングス(旧 凸版印刷・東証プライム 7911)——2019年に資本提携。マンモグラフィ用の乳房表面座標シールの提供に加え、蓄電池画像診断システムの販売・受託検査を担当
- CYBERDYNE(東証グロース 7779)——乳がん検診技術とサイバニクス技術の協業
- 第一生命ホールディングス(東証プライム 8750)の子会社・第一生命保険——2億円のインパクト投資
- 旭化成(東証プライム 3407)、日本アジア投資(東証スタンダード 8518)
- SBIホールディングス(8473)の子会社・SBIインベストメント——2024年に約20億円
ただし、ここを冷静に見ておく必要があります。これらの出資比率はいずれも非公表であり、各社の業績に占める影響は極めて小さいと考えるのが自然です。「この銘柄を買えばIGSに投資できる」という捉え方は、事実として不正確です。技術の将来性と、株価材料としての即効性はまったく別の話——これは量子コンピューターの記事でも書いたことですが、ディープテックを見るときの基本姿勢だと思っています。
ちなみに今回の対談を配信した楽待の運営は楽待株式会社(東証・証券コード6037)で、動画の概要欄にもIRページへのリンクがあります。こちらはIGSとはまったく無関係です。
楽待の対談動画の見どころ
記事では文字で整理しましたが、ホワイトボードに実際に式を書きながら解説していただいた部分は、やはり映像で見ていただくのが一番です。動画のタイトルは「【魔法の数式】ガンも半導体も『透視』する!?『波動散乱の逆問題』を、木村建次郎教授が実演」。38分あります。特に見てほしいのは次の4か所です。
▶ 楽待の対談動画を見る(38分)
- 07:30〜 布の下の磁石が生んだ着想——お子さんとの遊びからのひらめき
- 10:09〜 透視の原理をホワイトボードで解説——最大の見どころ
- 25:59〜 波動の力が人命を救う——乳がん検査と「AIを使っても無駄」
- 33:22〜 従来のCTスキャンと何が違うのか
全10章のチャプターは動画の概要欄にあります。
最後に、次回予告につながる場面を紹介します。電池や超伝導の話の流れで、「本質を先に掴む研究のやり方」について木村先生がこぼしたひとことです。「偉大な科学者はずるいもん。偉大じゃない人ほど、なんかぬめぬめした世界を頑張ってやろうとする」。思わず「クレイジーですね、それも」と返してしまいました。本質を一撃で掴む人と、そうでない人の違いを、これ以上ないくらい端的に表した言葉だと思います。
この対談は後編が予定されています(2026年9月14日時点では未公開)。相転移や高温超伝導といった、木村先生が今後の目標として語っているテーマに踏み込む内容になりそうなので、公開されたらぜひご覧ください。なお、これらのテーマについては現時点で査読論文やプレスリリースは確認できておらず、あくまでご本人が構想として語っている段階である点は付け加えておきます。
まとめ
数式を導いた人が、その式を活かす装置まで自分で作ってしまう。理論と実装の両方を持っている研究者が、日本から出てきて、しかも社会実装まで走っている——元研究開発者として、これは本当に胸が熱くなる話でした。
僕自身の研究開発者としての歩みは経歴ページに書いています。同じく「実用化はいつか」が問われている技術としては量子コンピューターの記事もどうぞ。今回の対談の概要は楽待で木村教授と対談したニュースにまとめています。
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